*ジェンダーフリーと混合名簿つづき

前の日記で、tさん、『朝日新聞』の東京都混合名簿についての記事を教えてくださってありがとう。そういえば、日本での「ジェンダーフリー政策」で具体的に思いつくのが混合名簿くらいかしら。具体策に乏しいのが「ジェンダーフリー」政策だったのに、混合名簿まで葬り去られるとしたらほんとに困ったことだ。

こちらに住むアメリカ人女性に、ジェンダーフリーってことばについて聞いたら、It does't matter.って感じだと言っていた。ジェンダーを問題にしないってことと思うらしい。それではジェンダーに敏感になること(gender sensitve)のつもりで使うことが多い日本でのジェンダーフリー政策の意味とは違いすぎるだろう。間違った英語の導入はやっぱりまずいから、批判してねと言われた。ついでに「バリアフリー」についても聞いたが、これも日本語でほど一般に流通していることばではないように言われていた。東京女性財団の資料には、「バリアフリー」の例のようにジェンダーの「段差をなくす」ってことで「ジェンダーフリー」が日本の政策に導入されたってあったけど、「バリアフリー」自体、英語ではそうおなじみではないことばだったとしたら、日本語でだけ「ジェンダーフリー」が流通したのも「バリアフリー」が先に一般的になっていたという日本的背景が後押ししたってことなのでしょうか。

その話をしているときに、男女混合名簿の話になったら、俄然年配の男性が「どうして混合名簿にするのか。男女は分けるのが日本の古きよき伝統」なんて言って、猛烈に反対された。すごくエキサイトされたことにびっくりした。ジェンダーに敏感なんて言っていれば、ふ〜〜んですむんだけど、具体的な例を出すと感情的に受け入れられず、反対が起きるものなんですね。

日本の中学校でALTとして教えた経験があるくだんのアメリカ女性は、アメリカではもちろん混合名簿だけど、日本の学校で男女別名簿のところでは、名簿上にとどまらず、クラスでの活動全体に影響を及ぼして、男女が別グループで行動してしまうのでやりづらかったと言っていた。

そういえば、「男女共学」というが、元々は学校と言えば、旧制高校だって大学だって男子専科で女性排除だった。それに女性を入れてくれるようになったことを指して「男女共学」というのはちょっと違うような気がした。「男女共学」だとそれ以前の歴史が消えてしまう感じがする。「女性排除の撤廃」を指すことばを入れたいが、そういうのでいいことばがないような気がするね。

前に書いたジェンキンスさん呼称についてコメントをいただいた。曽我ひとみさんは外国人と結婚しているから、曽我という名前が継続しているのだということだった。わたしもそうだと思う。私が気になるのは、first nameなしのジェンキンスさんの方である。日本語の新聞、テレビはどこも彼のfirst nameを省略している。また、ジェンキンスのあとは、「さん」であって「氏」は使わない。アメリカ政府が使う「軍曹」も使わないというのは、それ自体である意味、政治的スタンスを表しているのではないだろうか。
おまけで、黒酢の話。きのう男4人とお寿司を食べに行ったら、野菜炒めの話になった。野菜炒めの最後にちょっと一振りするとおいしい内堀酒造の黒酢をおみやげにもってきてくれていた。男達の話題が野菜炒めの工夫だったり、おみやげが「野菜炒め用の黒酢」だったりするのってちょっとうれしかった。