ベティ・フリーダンと瀬戸内寂聴に思う

ベティ・フリーダン死去のニュースをhttp://diary.jp.aol.com/mywny3frv/
で知った。ネットでは『朝日新聞http://www.asahi.com/obituaries/update/0205/002.html『読売新聞』http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060205i512.htm?from=main5共同配信http://www.shikoku-np.co.jp/news/kyodonews.aspx?id=20060205000147の3つが読める。この記事を読んで思ったことは3つある。


第1は、ウーマンリブ運動について調べている私には、世の中を大きく動かしたこの女性のことがこんなにちっぽけにしか報道されないことにびっくりすると同時に情けなく思ったこと。1963年に出たFeminine Mystiqueはベストセラーになり、一躍世界中に翻訳が出回り、先進工業国だけとはいえあれほど世の中の女性たちにを大きな刺激を与えたのに・・・


2つ目は、「世の中を大きく動かした」ということの表現の違いだ。各紙どう表現しているかで微妙にスタンスが見えておもしろかった。
ウーマンリブ指導者」と書いたのは、『読売』、『朝日』は「フェミニズム運動の元祖」や「フェミニズム運動に火をつけ」(版によって異なる)とした。一方共同通信の配信で全国の地方紙にとられたのは「米女性運動のリーダーとして活躍」だった。
ウーマンリブ」という名称は1970年秋『朝日新聞』都内版が命名したにもかかわらず『朝日』は使わず、『読売』が使っている。『朝日』は「フェミニズム」とした。ちょっとアカデミックぽいからか、どろくさくないからかあるいはウーマンリブは日本だけの言葉と考えたか・・。地方紙は、どっちもカタカナ言葉だあと思ってすかさず「女性運動」としたのかな。いろいろ考えさせられた。読者層を考えての命名だということも言えるだろう。

これ、今の「ジェンダー」「ジェンダーフリー」「男女平等」などの表現での揺れや騒動という点から見てもいろいろ見えるところありますね。「ジェンダーフリー」というカタカタ用語を導入した東京都が誰をオーディエンスとし、誰を想定していなかったか、、など。これについてはまた別に書いてみたい。


3つ目は、「運動」の人イメージが狭い意味で書かれているなあということだ。
アメリカでの報道を以下でみてみると、http://www.usatoday.com/news/nation/2006-02-04-friedan-obit_x.htm 
http://news.yahoo.com/s/ap/20060204/ap_on_re_us/obit_friedan  いずれにも本を書いて影響を与えたということと同時に、アメリカのニューヨーク大学南カリフォルニア大学で教鞭をとったということが書かれてた。要はいかに社会に影響を与えたかを基準に考えると、大学で多くの学生に思想を伝えるということを重視しているのだろうと思った。日本での報道では、大学との関係は書かれていなかった。大学も書かれていたら記事は大きくなったのかな、それとも女性のことだから依然大したものとはみなされないのかなとか考えた。
1970年前後のアメリカのリブの動きは、当時の『朝日』も『読売』も競って大きく書いたものだったが、、


第1の点、女性が社会を動かしたといいうことが小さく扱われていることを再確認したのは、瀬戸内寂聴がイタリアのノニーノ賞という賞をもらったという記事が、共同配信の文化欄のちっちゃな記事になっていたからだ(『北日本』「知己は遠方にあり イタリアの賞で寂聴さん」2月6日)。この賞、過去にはレビストロースも受賞したとあった。
出世作田村俊子』によって「文化の変容、現代の悲喜劇、狂気を表現し尽くした」ことが「世界の読者にとって、その作品は一種の天啓である」というので受賞したらしかった。なんたる偉業であるか、これは・・・。写真をみたら取り囲んでいた人たちの多くが女性であった。グラッパの会社もなかなか粋なことをしているのねと思って、グラッパ買ってきて祝いたい気分になった。グラッパは食後酒みたいだから、ちょっと変わかもだけど、それも瀬戸内やフリーダンみたいな世の中の常識を変えた人を思い出して飲むにはふさわしいかもと思った。


あ、このおふたり、同世代の女だったのですよね。83と85歳。すごいなあ。