安倍政権下でも「バックラッシュ」や「反動」と呼び続けるのはヘンだ

いまだにフェミニズムは対抗勢力やその行動を「バックラッシュ」と呼びつづけている(例えば、上野千鶴子「安倍新保守政権の読み方・処し方」『インパクション』36号、2006年秋号)。しかし、反・男女共同参画派の安倍晋三が政権をとっているのだ。同じく反・男女共同参画派の高市早苗男女共同参画大臣の座に就いているのだ。主流の座を射とめている勢力をいまだに「バックラッシュ」や「反動」と呼ぶのはやめたほうがいいと思う。安倍政権下では、これまでとは異なり、反・男女平等へと政策転換しているはずだ。この危機的なな事態について冷静に批判していく必要があるのに、バックラッシュ呼ばわりしていると、自分たちはあくまで正しいと言い張っているように見える。その陰で地方自治体の男女平等政策まで地滑りのように後退してしまわないかと心配だ。いや、もうすでに地滑りの予兆は起きているから言うのだ。


この上野インタビューは、『ピープルズ・プラン』が「安倍的ナショナリズム・その脆弱さ」を特集する中でトップに掲載されているものだ。特集において安倍批判を行う論者としては、上野さんの他に天野恵一、武藤一羊、山口響、白川真澄さんらがいるが、上野さんだけが安倍政権に対して歯切れが悪いのだ。フェミニズムが参画すると、「フェミニズムが現代版大政翼賛へつながる危ない回路なんではないか」とインタビューアーの青山薫さんに聞かれて上野さんはこう答えている。

かなり以前から、政府批判勢力といえども政府に参加しないでいられる状態はなくなっています。(中略)女性学をつくりだした私たちのような人間が、大学にポストを得たこと自体が制度化の象徴でしょう。それを一言で「翼賛」って言ってしまうかどうかー今は参加しながら間合いを計っていくという、万年在野でいるよりもっと難しいハンドリングが要請されています。


難しいハンドリングには同感だ。だが、大学で職を得ることと政府に参加することをごっちゃにした回答だし、青山さんから聞かれた「人身売買」に関する政府方針への対応にも答えていない。2004年12月上野研究室ジェンダーコロキアム「ジェンダーフリーから見えてくる女性学・行政・女性運動の関係」で、山口智美さんと私たち富山の運動グループが行政と女性学の結託関係を問題提起した。その時の上野さんの女性運動についてのお考えと、このインタビューで示される現在の上野さんのお考えに時間の経過以上のへだたりを感じてしまった。


私は政治に関わることがすべて悪だといっているのではない。そうではなくてむし政策についても是々非々で意見をはっきりさせることが大事だと思う。かつての上野さんは、政策について、ご自分の立場についてもはっきりと発言されていた。それが上野さんの歯切れの良さだったと思うのだ。以下は2004年のジェンダーコロキアム「ジェンダーフリーから見えてくる女性学・行政・女性運動の関係」での上野さんのご発言だ。コロキアムでの報告については、http://homepage.mac.com/saitohmasami/gender_colloquium/gencolre1.htmにアップロードしている。

このような形での行政批判を、研究者のあいだや運動体内部からやることへの是非という問題が出てくるでしょう。私が「ジェンダーフリー」批判をした時に出てきた反応に、女性運動の中に分裂を持ちこむな、というものがありました。先ほど、斉藤さんから行政と女性学研究者の結託という発言が出ましたが、行政に参加していった研究者とそうでない研究者の間での分裂、あるいは手を汚したと思っている人びとと、手を汚してないと思っている人びとの間の相互の対立というのもありうるかもしれず、裏返しにいうと、これもさきほど斉藤さんがおっしゃった通り、行政主導型フェミニズムに巻きこまれていった研究者や言論を担った人たちに対する批判や抵抗が抑制されていく、それこそ後退を強いられいくということもあり得るので、これはどちらの可能性を考えても危ないことだと私は思っています。


その上野さんだが、今では福井や国分寺の事件で「バックラッシュ」が起きてくれたから運動家と研究者が連帯できたと次のようにおっしゃる。

フェミニズム陣営には、教育関係、行政、研究者、NPO関係、アクティビストたちなどいろいろいましたが、蛸壺の傾向があり、お互いをよく知らなかった。今回のバックラッシュのおかげで、ジャンルを超えて情報交換する場と連帯、そのうえアクションが生まれました。フェミニズムは一貫性のない思想で(笑)、誰が何をフェミニズムと呼んでも、自己申告ですから、「あれはフェミニズムじゃない」って言えない。一枚岩でない分、バックラッシュ派には叩きにくいかもしれません。そこがこれからも強みになるはずです。


だが、安倍反男女共同参画政権下、そんな悠長なことを言える状況ではないだろう。わたしの認識は逆だ。むしろ現状では、教育関係、行政、研究者、NPO関係、アクティビストたちがまとまっているからこそ逆に、新たな見方や見解が出てこず、危機的な政治状況に運動がついていけていないという状況認識は、2004年のジェンダーコロキアムの時と同じでわたしの見方は変わっていない。ネットでは山口智美さんhttp://d.hatena.ne.jp/yamtom/20061219/1166541275やmacskaさんhttp://macska.org/article/165が書いているが、それを除くと、他に異論が見られず、多様な議論が起きづらいという点で危機的な状況にあると思う。


さらに、上野さんの「反動」の定義には驚かされた。

保守と反動は違う、っていつも言ってるんですけど、保守派とは現状を維持することに最大の利益を見いだす人びと。だから「何もしない」のが一番で、どちらかといえばもの静かな人びと、サイレント・マジョリティです。他方、反動派とは、すでに起きた変化に対して危機感から反応する人びとだから、うるさい人たち。(中略)危機感に応じて、反動派の攻撃は強くなっています。ジェンダー関連の集会にバックラッシュ派が参加して妨害するなど、組織的だしノウハウもあります。


「反動」のこの定義は、安倍ら男女平等政策に批判的な政権になってからは通用しない定義だと思う。むしろ自ら男女平等政策を骨抜きにするか、後退させるかではないだろうか。安倍や高市ら政権担当者が男女平等論者の主張や行動に対して、「危機感から攻撃する」という対応は考えられないものだし、「うるさい」といった対策も聞いたことがない。フェミニズム側が、いまだに敵は「反動」や「バックラッシュ」派だという認識だと、反・男女平等派が握っている政権の政策チェックも真っ当にできないのではと心配になる。


というのは、わたしの足元でも、国が男女平等をすすめていない現状を知っている地方自治体が右にならえと、男女平等プラン(行動計画)が後退に向かっている気配があり、心配しているからだ。地方に住む者として、自治体は国の政策を見習おうとするし、それに抗するにはどうしたらいいものかと大変困っているところだ。


現在は、反・男女平等派の安倍政権になって男女平等政策も新たなステージに立っている。男女平等政策がどうなっているのだろうか。手遅れにならないように、せめて地方からでも政府や自治体の男女平等政策を厳しくチェックして、現状に歯止めをかけたいと思う。しかしその際に、彼らを「バックラッシュ」や「反動」と呼べる時代が終わったことを認識することが先ではないかと思うのだ。