「館長雇い止め」裁判に期待すること

わたしは、大学や看護・保育の専門学校で非常勤で社会学や家族論、性・ジェンダーなどを教えているので非常勤的雇用の問題には関心をもっている。三井マリ子さんの「館長雇い止め」裁判は、女性センター(男女共同参画センター)という非正規雇用の巣のような場所(この点は後述)を舞台とする裁判である。不当な非常勤労働を再考するチャンスと思って注目してきた。原告は一審判決が出た後、「不当判決」だとする文章の中で、「今日の判決は、2000万人ともいわれる非常勤で働く多くの人たちの権利擁護にとっても大きなマイナスです。」と述べている。わたしもそれに同感だ。控訴審でも、女性センターが非正規雇用や雇い止めに積極的に加担している現状についてより一層厳しく問いなおしていただけたらと願っている。

わたし自身が見知っているだけでも、女性センターでは窓口業務、事業企画、情報誌編集、相談業務その他もろもろを非常勤職員さんが担っている。三井さんのように館長さんも非常勤嘱託の場合もある。正規職員は、管理、運営を主にやっているが、実質的に女性センターの事業については非常勤職員さんが担っていることも多いのではないだろうか。実質的にセンターは非常勤女性で持っているようなものだろう。そんな女性センターの不公正な働き方については、さる8月末にわたしたちが国立女性教育会館(ヌエック)で女性センターに関するワークショップを行った時にも話題になった。指定管理者制度になって仕事は正規の時とまったく変わらないのに常勤から非常勤に落とされ、収入も何割減だという悔しい実話も伺った。女性センターなのに女性が不当な働き方を強いられている現状に憤りが沸いたものだ。

「女性センターが率先して変えていってほしいこと(経済的に自立が出来る収入、キャリアを築いていけるオープンな職場等)なのに現実では実践されていない」「男性は正職、女性はパート」でも仕方ない・・と思いこんでいることは、やはり女性差別だと思う」「1時間スタッフは800円、アシスタント600円・・・で働いているが、これでは夫の所得に頼れる者か年金でも暮らしていけるだけの保障のある者に限られる。参画基本法の趣旨に賛同し、自分達の考えを女性センターで実現したいと思っていてもお金と時間の余裕がないと働けない」

これらは、2004年に「ぐるーぷ・わいわい」により発刊された『女性センターで働く人たちはー非常勤職員が支える女性センター』という実態調査報告に載っている非常勤職員の声である。同報告は、近畿圏の女性センターなどで働く非常勤職員59名の回答をまとめている。そして、センター職員のうち非常勤職員が5割以上を占めるセンターが約80%に達しているという不当な現実を明らかにしている。女性センターは、本来、社会の不公正を糺す方策を求める場であるはずだが、実際は、自ら不公正な雇用を営々と再生産しているのだ。女性センターは女性を不当に搾取する場なのだ。だれもそれを不当だと咎め立てしないままに、、、。判決文には、「被告財団は、豊中市及び関係団体等と連携をとりながら、豊中市域において社会のあらゆる分野への男女の均等な参画の推進及び男女の人権の確立を図る事業を行い、もって男女共同参画社会の実現に寄与することを目的として、平成12年9月1日に設立された。」という文言が見られる。こういった女性の不公正な働き方や貧困の問題に取り組むのは、女性センター以外にどこがあろうかと思えてくる。そうおもうから「館長雇い止め」裁判には期待したい。この裁判には『非常勤職員が支える女性センター』調査をとりまとめた方たちも関わっておられる。センター職員さんたちもきっと多く支援されていることと思う。

特に、格差社会、不平等社会問題にされるようになったが、その間より深刻になった「貧困の女性化であり、シングル女性への貧困の集中傾向」(橋本健二『階級社会』p168)は、あまり問題視されていないように思う。橋本は、1995年と2003年の男女階級別貧困層や女性の貧困層比率の推移を示し、2003年では配偶者のない非正規労働者で収入が平均値の半分以下しか得ていない人(貧困層と呼ぶ:詳しくは佐藤著を参照)が63.8%まで上昇しているとする。シングル女性がパートや非常勤労働に従事させられており、それゆえ貧困にあえいでいるということだ。この点でも女性センターは、女性の貧困化の象徴のような場所だと思う。女性センターは非正規雇用が多いが、そこで働く30−40代など比較的若手の職員さんたちにはシングルの方も少なくない。女性センターは、女性を貧困化する困った職場でもあるのだ。

もともと日本社会は、労働において女性をパートやアルバイトなどマニュアル職に捨て置いてきた。そのため、現在でも男女の年収には大きな開きがあり女性が不当に低い収入しか得られていない。日本の男性は会社で働くホワイトカラーだが、その妻である女性は弁当工場などのラインでマニュアル職に就くブルーカラーだという現実は桐野夏生の『OUT』が巧みに描いていた。が、女性雇用の差別性はあまり深刻に考えられてこなかった。それがワーキングプアと呼ばれ社会問題化したのは、ひとえに(稼ぎ手であることが期待される)若年男性にまで差別が拡大したからであった。裁判の中で、構造的な女性差別問題がすくい上げられることを望むゆえんである。

ただ、この裁判のこれまでの闘い方をみると、「広い層へのアピールとして、社会運動としても、会の非常勤労働問題への取り組みがバックラッシュと比べて、圧倒的に目立たず、弱かったかもしれない」 という指摘に同感せざるを得ない。これまでの方針では、三井さんは非常勤だから、世の中の非常勤労働者と同じといっているようにもみえ。

だが、「三井氏が非常勤といっても館長という管理職であったことにより自覚的であってほしかった」 というように、他の非常勤労働者との異同をしっかり認識する必要がある。その点、原告と被告財団の雇用契約 について、最高裁が有期雇用の場合と終身雇用の本工を解雇する場合との合理的差異を認めた日立メディコ事件のケースとは異なるという根拠に、「原告の募集・採用手続きは、全国公募がなされ、また第一次論文選考と第二次面接選考があり、けっして簡易なものではなかった」点が挙げられているようだが、全国公募であることや選考試験が2次まであることは、臨時工扱いではないということの十分な理由になるとは考えづらいように思う。1年更新の「雇い止め」制についても、他の臨時職員の「雇い止め」とは同じではないだろうから、その異同をはっきりさせた上で、女性センターが非常勤を使い捨てにすることで成り立っている職場だという不当性を広く社会に訴える機会になることに期待をかけたい。