デートDV講座への疑問

富山県女性財団事業課長石倉裕子さんが今日の北日本新聞「滴」というコーナーに顔写真付きで登場されていた。デートDVの予防講座を県の委託を受けて高校、短大など3校で行ったという内容だった。そのなかに以下のくだりがあった。

デートDVは暴力による支配。背景には誤った男・女らしさの意識や暴力を容認する社会風潮などがある。講座を通し「対等な人間関係の中で互いを尊重する大切さを伝えたかった」と言う。


ここで「誤った男・女らしさの意識」がDVの背景にあると語られている。またか・・という感じだが(すでに 「ジェンダー・バイアス」「誤った男らしさ・女らしさ」への疑問というエントリーを書いている)、これがなぜまずいかを再度のべておかなくてはならない。「誤った男・女らしさの意識」がまずい、だから問題解決には「“男らしさ”や  “女らしさ”といった誤った思い込みに縛られないこと」という風になるのも、「”自分らしさ”を見つけていきましょう」となるのも、それは違うだろうと思う。「男らしさ」「女らしさ」意識の問題だけではない。これには、以前の講座で見せてもらったアウェアの教材ビデオ「デートDVドメスティックバイオレンス)」でこういう説明がなされていて気になっていた。アウェアの山口のり子さんによる講座については、ここでもかいまみることができます。

どうしてデートDVが起きるのでしょうか。その背景にあるジェンダーバイアス(社会的性差による偏見)。したがって、解決のためには「ジェンダーバイアスにとらわれないこと」という筋書きがあるようです。

”女らしさ””男らしさ”ではなく、社会通念に左右されず”自分らしさ”を見つけよう。「女はピンク、男はブルーという男らしさ、女らしさにとらわれないこと」という解決策は重要ではないように思った。これは以前も書いたことなのでこの辺にしておく。


今回はそもそも「ジェンダー・バイアス」「誤った男らしさ・女らしさ」ということを言う前提に、暗黙に「男から女への暴力」だけしか想定されていないことがあること、さらにそれが高校生などの実態とは異なっているという問題を取り上げたい。これでは、高校生らにせっかくのデートDV講座が受け入れられないのではないか思うからだ。


若いカップルの間では、「ご機嫌を取っている」「気を遣っている」というのは男子の方だというデータはしばしば見られるものだ。最新の内閣府による若者のDVに関する調査でも「男の方が女に気を遣っている」ということが裏付けられたようだ。「いつも気を使わされる」という回答がもっとも多かったのは、「男性」で42.2%であったとある。それについては、例えば、恋人間DV、多い精神的暴力 内閣府調査 「急に機嫌変わる」最多などを参照。内閣府はまだサイトで公表していないようだが、早急に公開していただきたい。


DVは、若い世代においても深刻なケースは異性愛男から異性愛女への多いのだろうが、必ず男から女へということは言えない。常に男の立場が強いとも限らない。カップル間では女の方が優位な場合も少なからずあるだろう。実際、男の子の方が気を遣っているのは実感に合っているという声も上の親世代からだってよく聞く。内閣府の調査は親世代にも納得できるものだというのだ。

だから、男から女へのデートDVのみを想定するのはまずいのだ。「男から女へのDVのみ」がもっぱら語られるのは、デートDVを言っている人たちが、「男は強く、女は弱い」という自らの「ジェンダー・バイアス」にとらわれているのではないだろうか。そのために、「男から女への暴力」しか考えられなくなっているようにすら思えてくる。


講座では、DVが「力と支配」によると言われる。そうであれば、男から女だけではなく、どちらが優位にあるかによって女から男だってあるはずだし、同性カップルにだってDVは起こるはずである。「力と支配」による暴力は、DVだけではなく児童虐待高齢者虐待、パワハラ、セクハラにも共通のことではないだろうか。このことが見落とされて、なにがなんでも「女に対する暴力」を問題にする傾向は非常にまずい。却って、DV講座の信頼を落とすのではないだろうか。その点が気がかりなのだ。


また、せっかく若者への講座をやっても、若者の感覚とずれているのでは、高校生のDVに対する理解が進まないのではないか。行政がこれを皮切りにこれからもどんどん高校や短大、専門学校に進出してデートDV講座を繰り返される可能性があるからことは重大だ。もちろん、富山県だけではなく、日本全国で進んでいるようだ。高知県徳島県山口県なども熱心なようだ。高知では、自費で9万円もかかるデートDVファシリテーターが開催されている。こんな高額な費用でこういった実態に即さない内容が教えられているとしたら困ったことだ。


だいたい、「デートDV」といえばアウエアしか聞かない。デートDVがアウエアの専売になっているのはちょっとリスキーすぎやしないだろうか。日本全国の地方自治体がすべて一律にアウエアのデートDVについての考えを追従することになったらまずいと思う。「誤った男・女らしさ意識」や「ジェンダー・バイアス」、「男から女への暴力だけを前提にしていること」などについて、しっかりと検討したり議論したりする必要があることは強く指摘しておかなければならない。

【追記】
若いカップルの間では、「ご機嫌を取っている」「気を遣っている」というのは男子の方だ・・・という調査の件ですが、内閣府の調査ではこれを「デートDV」とみなしているのかどうか、いまいちはっきりしませんでした。そこで、「デートDV」の定義はどうなんだろうということが気になりました。ネット検索したところ出てきた内閣府のイベント情報。これだとやっぱり「男性から女性への暴力」を前提にしていると受け止められかねないですね。
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  〜若い世代の恋人間の暴力(いわゆる"デートDV")を考えよう〜
     「女性に対する暴力に関するシンポジウム」開催のお知らせ
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日時:平成19年11月22日(木)14:30〜18:00
場所:イイノホール(東京都千代田区内幸町2−1−1)

内容:1)基調講演「配偶者暴力防止法の改正について」
    2)調査研究「大丈夫?恋する若者」〜岡山県の発表〜
    3)若者からの問題提起〜アンケート結果を踏まえて〜
    4)パネルディスカッション「若い世代の恋人間の暴力を考えよう」
     コーディネーター  神津カンナ(作家)
     パネリスト      伊藤公雄京都大学大学院文学研究科教授)
                 中島幸子(レジリエンス代表)       

http://www.gender.go.jp/main_contents/magazine/mail0151.html



デートDVの定義に、上記のご機嫌をとることまでを入れてはいないんだろうけど、そういうことを背景としていると言いたいのなら、深刻なDVと「ご機嫌をとる」とが連動した権力関係ではないということになりますね。このあたり整理して発表してほしいものです。調査結果がサイトで公表されていない状況では、これ以上考えることができかねます。


なお、ちょっと調べたところでは、Dating ViolenceあるいはDomestic/Dating Violence(略すとどっちもDVになるのか)あたりが見つかりましたが、英語ではデートDVに当たることばはないのではないでしょうか。定義があまいことはやはり心配。「ジェンダーフリー」の二の舞にならないように願いたいものです。