武田邦彦さん、読売テレビに登場で思い出したこと

 今朝8時からのウエークアップにわれらが武田邦彦先生がでておられて、きのうの橋のばあちゃん登場に続いて、またびっくりした。「原発は全部あぶないんですよ」と具体的で明快なお話しぶりはとてもすっきりした。「原子力安全委員会は官僚に牛耳られているんですよ、情報をブロックして。しかしそんなこと言っていては国民に責任が果たせません」と、これまた明快。しかも、ご自身の体験を踏まえてお話しなのである。他の出演者やコメンテーターとは一線を画する明快さにほれぼれでした。武田邦彦(中部大学)さんのサイトは、これまでわたしが放射能の影響などについて、不安になった時によく参照させていただくところだ。サイトで漏れ見えるお人柄にも惹かれていたので、テレビ出演にはとてもうれしくなったものだ。

 これまでのようななんでも安全、安全、ただちに健康に影響を及ぼすことはありません、という学者ばかり出演させていた放送局も、少しポジショニングを変えたのかな、変えざるを得なかったのかなという気がした。ただ、日本テレビのサイトには武田先生の出演は予告されていない。きっと、出したい側、出したくない側と制作者側も両方あるだろうから、ぎりぎりのせめぎあいで決まったことなのかなと思った。このあたりのことは事情がわからない。武田先生のサイトでもこういうことについては書かれていないからだ。

 これで思い出すのは、かつて某テレビ局の番組審議委員をしていた際に、某電力会社が番審委員を押し込んでこられたことがあったことだ。県内すべての局に入れているからというのがその理由として挙げられていた(全然理由になっていないのは明白だった)。チェルノブイリ事故からあまり年数が経っておらず、反原発運動の残り火もくすぶっていた頃だったろうか。番組のお目付役(放送法では一応そういう役回り)という番組審議委員に電力会社の副社長クラスが入ることが、局の制作側の人間にどのような影響を与えるか、もちろん十分に考えられていたことだろう。

 入ってこられた役員の方自体は、別にことさら何かを言挙げされたり、圧力をかけるということはなかったように思うが、番組審議をする側にそうした立場の人が入ること、そして放送局各社にそういう仕組みが作られていることに愕然としたことを覚えている。反対できなかった私の非力さも含めて苦い思い出として胸のうちにある。当然ながら、メディア制作に際して原発に対してどういった立場の人を出演させるかという判断にも大きな影響を与えるはずである。

 もちろん、番審の問題に限らず、放送局や新聞社の広告主の中で電力会社が大きなウエイトを占めている。放送局としては経営を考えると、原発が危険ということを表立っていうことはできなかったり、原発の安全性に疑問をもつような番組が作りづらいだろうことは十分に想像できる。しかし、そういう体制ができているにしろ、いつまでも自社の経営優先というメディア会社の論理に甘んじていては、この事態をなんと考えている!と視聴者離れが激しいこともまた事実だろう。そういう中で少しずつほんとうのことを語る番組や報道が増えているとしたら少し前向きな気分になれるかも、という気がした。

 震災以後、なにも書く気になれない状態が続いていたが、少しずつでも前に向かうことを書いていきたい(これまでを振り返りつつ)と思えるようになったとしたら一歩前進かもと、うれしい。

 (固有名詞の間違いをなおしました)