遅れましたが、
の読書会(9.23富山市)の報告です。
富山市の呉羽公民館で開催、 主催はSocial Bookcafe Puenteさんの主催。
すでに以下の動画があがっています。
https://www.instagram.com/p/DO7u_xtgfz8/
JICAの活動で知り合った女性二人で創立されたPuente。「社会のことを気軽に話せる場所 新しい価値観に出会う場所」をと月2回イベントを開催。今回はその40回目。なのでいわゆる読書会よりも参加者の幅が広いのが特徴。

上の動画や下の写真からもわかるように、公民館和室でよちよち歩きから小学6年などお子さんが参加する緩い雰囲気の集まりだが、みなさん真剣に議論に参加。

本書の訳者のお一人であり、富山県在住の大室恵美さんは、リプロダクティブ・ジャスティス(RJ)が他の「リプロダクティブ・〇〇」という用語とどう違うのかを説明。で、ジャスティス(正義)が確保されてこなかったことについて、これまで政治権力がリプロをコントロールしてきた日本の「産めよ殖やせよ」などの例を話された。
大室さんの報告の中で、私が強い刺激を受けたのは、母親になったらなにもかも母親に押し付けることを人権侵害に等しいと指摘されたこと。陣痛で痛くて眠れない2日を過ごしなんとか生まれるとすぐに3時間おきの授乳が待っている。哺乳瓶の洗浄や赤ちゃんのゲップなど授乳の前後に多くのto do listsも付き纏う。それが最低1ヶ月も続くと。
だれも代わってくれず、母親がやることが前提になっている。確かに非人道的な境遇に置かれているのだが、それしか選択肢はないと私は思っていたので大室さんの指摘にはっと目を開かされた。
これを大室さんは、ロレッタ・ロスらのRJ本の中では、「安全で健康な環境で子どもを育てる権利」の侵害に該当すると述べた。RJの中では、子どもを産む権利、産まない権利の他に、この「安全で健康な環境で子どもを育てる権利」も重要だというのだ。私の中からはすっぽり抜け落ちていた。しかし日本の人口が減少しているのは、これが満たされていないからという面も大きいと気づいた。陣痛については無痛(和痛)分娩への補助、新生児期については、ナニーやベビーシッターなどのサービスが生まれており、行政の支援も少しは制度化され始めているが、広く普及はしていないように思う。
一方で私は「少子化対策」として実施されている「官製婚活」について批判している(
(最近では、プレコンセプションケアについての以下の
記事など参照)、が、これをRJという観点から見ると、リプロダクティブ・ライツを侵害していることに加え、妊娠に関する知識を授けたり、家庭・子どもはいいねという機運を醸成することに熱心な一方で、子どもを産んだ後への支援については「安全で健康な環境で子どもを育てる権利」という面では満たされていないということになろう。これまで指摘してきたリプロダクティブ・ライツが保証されていないという問題のほかにRJという観点からの問題提起も重要だと思った。
私の報告だが、参加者の幅が広いということを伺っていたので、なぜリプロダクティブジャスティスが重要なのかということを伝えるために、有色女性である著者ロレッタ・ロスの生きてきた歩みを振り返った。ロレッタは、何度もレイプ被害を受け、中絶が合法化されていないためにレイプにより妊娠した結果、15歳で出産をせざるを得なかった。その上、子どもを産んだことを理由に約束されていた大学進学の奨学金を取り消しされるという罰を受けた。
その後入った大学で無償提供されていた避妊器具のダルコンシールドが欠陥商品であったため、昏睡状態に陥った上で、無断で子宮全摘手術を受けさせられるという体験をした。ロレッタはこれが有色女性への避妊具の提供や不妊手術は白人以外の人種への人口抑制の一形態であると考えるようになった。つまり、有色女性にとっては、子どもを産む権利が十分に保証されなかったと指摘する。女性のセクシュアリティと妊娠能力を利用し、有色女性や有色人種の増加を抑制しているとロレッタは指摘する。ロレッタは、自分自身の人生の苦難を経験し、それを通じて思考を深め、リプロダクティブ・ジャスティスという概念を生み出したことにすごく納得できた。

それに加えて、明治期に高等女学校に進学し良妻賢母教育を受けた私の祖母は軍事国家下での強力な賢母教育のために、子どもを持てなかったことに自責の念を感じるようになり、晩年までトラウマで苦しんでいたことを話した。そうした祖母の体験を身近に見て育った私は自身の人生の歩みを振り返りつつ潜在的にかなり影響を受けたように思っていると話した。
こうした事例から、ロレッタが指摘している、
「一般に女性と特定されてきた人々の歴史は、特定の人口学的、政治的、文化的な目標ー男性優位も含むーを達成するために、いかに政治家、立法者、政策決定者、裁判官、そして一般の人々が、伝統的に定義された男性に女性を従属させ、それを保証することに、女性のセクシュアリティと妊娠能力を使用してきたかを示すものである。」(p.14)
の中の「女性のセクシュアリティと妊娠能力を利用する」という現在の種々の体制の男性優位的な体制のありようについて、日頃意識していなかった点だと気付き、その重要性について深く考えさせれた。
つまり、RJはそうした体制を揺るがすために必要とされる概念であることを、ロレッタの人生、ならびに私の祖母と私のこれまでの歩みを振り返ることで、強く納得できたとのが私にとって大きな収穫だった。このような貴重な機会を与えていただいたPuenteのお二人、参加者のみなさん、そして訳者のお一人大室恵美さんに感謝したい。