上野千鶴子さんからの応答―「ジェンダーチェック」批判について

6月30日のエントリー「草の根フェミ」による「ジェンダー・チェック」批判とは?において、『バックラッシュ!』本における上野千鶴子氏の言及に疑問を呈しました。ブログに書いても上野さんはご覧にならないかもしれないと思い、直接上野さんにメールでお知らせしました。そして、上野さんからは誠実に疑問に答えるお返事をメールでいただきました。ブログで発表することについてもご了承いただきましたので、ここで上野さんのお返事を掲載します。

「6月30日のジェンダーとメディア・ブログ・エントリー「草の根フェミ」による「ジェンダー・チェック」批判とは?」への上野千鶴子氏からの応答(オリジナルはメール)


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こういう貴重な歴史的事実は、もっと早くに公開なさってもよかったのではありませんか。「当時ジェンダー・チェックに批判がなかった」ということへの反証になりますから。もしそれを今になって批判なさるなら、こういう情報公開を今日に至るまでなさらなかったことも、自己批判の対象になるのではありませんか?


わたしの情報は伝聞情報です。わたしは政府からも都からも審議会等のお呼びがかかりませんので、内部情報はまったく知りません。ジェンダーチェックが出てから、フェミ系の民間のアクティビストから評判が悪いことを耳にしていました。それからあるとき都内の行政関係のイベントに出たときに、問題のジェンダーチェックが目の前に登場し、不快な思いをし、それを口頭でその場にいた担当者に伝えました。メディアや文書による批判があったかどうかは知りません。複数の人たちから聞いており、そのうちのひとりは記憶にありますが、他は記憶にありません。口頭の批判は批判にはあたりませんか。
フェミ内部では、さまざまな批判は口コミで行われていたと思います。たとえばバックラッシュ派の最初の標的となった『新子育て支援 未来を育てる基本のき』(でしたっけ、ひな祭りもいかんのか、と反動派から揚げ足取りを受けた啓蒙書です)も、フェミ内部では「あれは行き過ぎ」と批判の声がありましたが、メディア等のおもてには出ませんでした。だれが言っているかは知っていますが、その方たちも、外部への配慮から表立っては批判はなさらなかったようです。


ついでに山口さんの「なぜその当時批判しなかったのか」というご批判について、再び。「ジェンダーフリー」とほぼ同時期に、「男女共同参画」が登場しましたが、これも草の根フェミ(これがおいやなら「民間フェミ」でもいいです)には反発がありました。私のスタンスは、「ジェンダーフリー」と同じく、「男女共同参画」は自分では使わない、が、他の人が使うことは妨げない、というものです。ですから「男女共同参画」を掲げたイベント等にも参加しました自分の原則は通すが、ゆるやかな連帯のうちで多様な展開があってよい、という立場です。ですが、各地の女性センターが次々に「男女共同参画センター」と名称変更していくことには不快感を持っていましたし、それを合理化する学者を「御用学者」として講演等で公然と批判したことはあります。


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最後の段落は、山口智美さんの「『ジェンダー・フリー』論争とフェミニズム運動の失われた一〇年」『場クラッシュ!』(pp.244−282)での上野さんについての言及への応答です。上野さんからここの部分もいっしょに掲載してほしいという要望がありましたのでここに掲載しました。


以下は、上野さんの応答を受けて、斉藤がメールで上野さんにお返事したものです。(ブログアップのために、2つの論点にわけました)

こういう貴重な歴史的事実は、もっと早くに公開なさってもよかったのではありませんか。「当時ジェンダー・チェックに批判がなかった」ということへの反証になるのではありませんか?


(1)実際に「ジェンダーチェック」批判に関わっていたのなら、もっと早く公開すべきではなかったか?


そうですね、そういわれるとまったくその通りです。今回上野さんに指摘されて、なぜ今までこのことを書かなかったのだろう、書きたいという強い意志が働かなかったのだろうと、初めて考えてみました。これまでこの経験についてはだれかれとなく話していたとは思いますが、はっきりと書いた方がいいと指摘されたのは山口さんだけでした。さらに、これまでなぜ書かなかったのか、と指摘されたのは上野さんが初めてでした。


わたしが書こうという強い動機づけができなかったのは、ジェンダー・チェックが東京の問題だと受けとめていたことが大きかったと思います。もし富山の女性センターサンフォルテがこのようなことをやっていれば即行動したと思います。実際、サンフォルテが「県民共生センター」というヘンな名前になるというときには、いろいろ行動もしました。


しかし、東京のウイメンズプラザのことであれば、たくさん専門家や関心ある運動家のかたがおられるので何もわたしが出る幕でもなかろうという気持ちが根本にあったように思います。それと、関係者にちょっと気兼ねをする気持ちもありましたね、あの時は委員を下りる、下りないと相当激しくやりあったことを表に出すことになるからと、、気を遣って書くほどの必然性を感じてなかったということかもしれません。


それともう一つは実際に、このことが公に議論されている場面に遭遇しなかったことがあります(わたしの記憶では、、)。上で上野さんも書かれているように、上野さん以外の有名女性学者は政府や都道府県の審議会に入っておられるのでほとんど「ジェンダーチェック」批判を公にされていなかったために、内部でクチコミでなされていたようでわたしにはそれに接する機会がなく、これが「貴重な歴史的事実」、公表したほうがフェミニズムにとってもいいことだという認識につながりませんでした。言い訳めいてきこえるかもしれませんが、それがわたしの正直なところです。上野さんに指摘されてからずっと考えてそう思いました。


今度の上野さんのインタビューでは、その問題が取り上げられていました。しかも、フェミニズム側の対応としてでした。これを書いた方がいいという認識がわたしの中でも高まっていたので、即反応したのでした。上野さん憎しと思ってしたのではありません(笑)。上野さんのご発言は影響力が大きいから見過ごせないというのは、確かにあったとおもいますが、、。

ですから。もしそれを今になって批判なさるなら、こういう情報公開を今日に至るまでなさらなかったことも、自己批判の対象になるのではありませんか?

(2)情報公開しなかったことは、自己批判の対象ではないか?


この体験のもつ重要性を軽く見てきたという認識については、「自己批判」、すなわち自らの状況認識の甘さを反省したいと思います。


いずれにしても上野さんから真摯なご回答をいただけたことを感謝します。それによりわたしはいろいろ気づくことができました。女性学内部ではなかなかできない、こういう議論を公に積み上げていくのが、問題をよりよく考えよりよい方向を考えるのに必要なことではなかろうかと思います。

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 これが上野千鶴子氏とのメールでのやりとりでした。他の領域に比べ、女性学はネット議論への参加がとても遅れているように思うので、女性学者もネットを議論の場として使っていくことが重要と考えているからです。今後は、コメント欄に気軽に書いていただけるとなおさらうれしいかなと思いますが、今回、このような形で上野さんと議論のやりとりをブログという形で公開できたことは、よかったと思っています。



なお、『バックラッシュ!』キャンペーンサイトhttp://d.hatena.ne.jp/Backlash/20060702で、前エントリーを貴重な情報を提供したとほめていただき、うれしいドギを頂戴しました。女性学領域でも、ネットで継続して議論を積み上げていく例となればいいなあと思っています。みなさまコメント欄などで積極的な議論をつづけていけたらと思っておりますのでよろしくお願いします。