安倍晋三によるメディアへの政治介入問題――NHK裁判から

前エントリーで、テレビ番組の責任の所在について書きました。下請けや孫請けの制作会社に全部責任を負い被せるようなことはおかしいのじゃないかという趣旨でした。その件でコメントもあったおり、ちょうど昨日NHK従軍慰安婦を扱った番組についての高裁判決が出ました。一審地裁判決では、番組改編の責任を孫請けのドキュメンタリージャパンだけに認めていたのですが、今回の高裁判決では、NHKとNHKエンタープライズ21にも認めたものでした。NHK番組改変訴訟 判決理由の要旨

前回の一審判決は、下請けにすべての責任を負わせる不当なものだと思っていたので、今回高裁で番組の責任を下請けに押しつけずNHKにもあるということが認められたのはうれしく思います。NHKの幹部が政治家に説明しに出向いていてそれで番組内容が変わったというのにどうして下請けの責任にできるのだろうというとんでもな話ですから、当然なことがはっきり認められただけということではあります。

ここから話は安倍晋三のメディアへの政治介入問題に飛びます。「番組作りは公正・中立であるように」という当時官房副長官だった安倍晋三発言をNHKが必要以上に重く受けとめて意図を忖度したというくだりは、個人的には認めがたいです。官房副長官という内閣の要職にある人は、予算を通したいNHKにとってそれが「圧力」になることをわかって発言しているのであり、そういう社会的な位置関係やそれから派生する権力関係のことを「政治的圧力」というのではないでしょうか。この点でこの判決は、政治家に対しては及び腰な判決だなあと思いました。今が安倍晋三内閣であることは影響していないのでしょうか。そして、朝日新聞もこの点は不確実な情報が入ったと認めて以来、ぜんぜん突っ込んでいかない。ちょっと腰砕けだなあと感じています。それについての、この見出しの付け方も腰砕けの二乗だなと思ってしまった。首相「政治介入ないこと明確に」中川氏「私は被害者」これじゃあ、相手の言い分を認めていますよと言わんばかり。ああ、実際にもそう言っているのか。。毎日も同じ論調です。NHK特番問題:NHK敗訴 政治に弱いNHK


ともあれ、高裁で勝訴判決が出たこと、取材対象者の期待権が限定つきとはいえ認められたことはとてもよかったとうれしく思っています。しかしながら、朝日は、表現の自由への危うさはらむ「期待権」なんて見出しで警戒感を表明していますが、「表現の自由」だって常にあやういバランスで成り立っているものだと思います。そういうんだったら、政治的圧力で暗に押してくる政治家に対してこそ「表現の自由」を公明正大に追求してほしいですね。わたしは、安倍晋三の圧力が正当に認められなかったこと、朝日新聞もそれを深追いせずに早々に負けを宣言していることを非常に残念に思っています。東京新聞の社説は「政治の側も自省、自戒を迫られている。」ともう少し突っ込んでいます。番組改変 NHKは政治と距離をでも、まだ迫力不足だなあ。逆にこれっくらいしか書かない、書けないことに、記者クラブ制度に頼り切りの日本のメディアの政治への弱腰を感じてしまいます。ずぶずぶってことか・・・「政治への自省、自戒」って迫っても実際、安倍、中川は自分の正当性が認められたと言っているわけで、政治家が自戒すること期待できないんだから・・・。

だからこそ、メディアが厳しく監視する必要があるはずだ。それなのに、メディアが単に政治家に期待しているといっているようじゃ、何も言っていないに等しい。これでは、政治家のメディアへの介入、圧力が減ることはおよそ期待できないなと残念に思う。今特に、安倍政権の支持率が落ちている状況。メディアも世論を受けて安倍政権の問題点を批判し始めている。この機において安倍のメディアへの介入問題は、もっと大きく取り上げるに足るテーマのはずだ。それなのに、当たり障りのない取り上げ方に終始しているのは残念。厚生労働大臣の「女は子産み機械」問題で盛り上がるだけでなく、安倍首相がメディアに政治介入していることについても、NHK裁判が安倍に正当性を主張させる場とするのではなく、これをきっかけにもっと突っ込んいく機会とする必要を痛切に感じている。