松代大本営地下壕と「もうひとつの歴史館・松代」

  • 先週、長野に行く機会があり、その足で松代、小布施を訪ねた。中でも松代の歴史は私には興味深いこと満載だった。遅れたレポートだが、記録しておきたい。
  • 松代に大本営とする予定の地下壕があることは知っていたが、訪ねてみて3カ所もあること、あまりに大規模であることに驚いた。しかし、同時にそこには、そうした歴史的な遺跡をしっかりと残していこうとする運動も地道にされていた。
  • 3カ所のうちの一つ、象山地下壕で地下を歩いてきたが、そこには、多くのボランティアの方が観光バスで訪れる人たちに、丁寧に説明されていた。象山地下壕の横には、「もうひとつの歴史館・松代」建設実行委員会が土地を確保して、「慰安婦」の家として使われていた建物を移築して、日本の加害の歴史を忘れないようにしていきたいという運動を続けておられた。現在も資料館が建てられ、説明をする女性がおられた。資料なども展示してあった。晴れわたった空、きれいに歴史が保存された松代の町並みとのあまりのギャップにずしんと重い気持ちになった。
  • 地下壕は、長野市が管理しており、来訪者がどこから来たかだけ聞いて淡々と記入していた。その豪の入り口には、犠牲になった多くの韓国人労働者たちの慰霊碑が建っていた。これは民間の人たちが建てたという。
  • ボランティアの説明員の方たちが言っておられたが、労働に駆り出され危険な労務に就かされたのはほとんど朝鮮人労働者だったという。そこで働いた人は、7千人とも言われているが、正確な数は全く調べられてもいないという。亡くなった方たちがどれだけいたかでも同じだそう。
  • 工事関係者のためにつくられた「慰安所」があったのそうだが、そこに連れてこられたのも朝鮮人の若い女性たちだったという。その建物を保存して「歴史の証人」としたいというのが上述の運動である。この「もうひとつの歴史館・松代」のサイトは、http://www.matsushiro.org/であるので参照ください。大変くわしく、みやすいサイトです。ぜひご訪問ください。
  • ここでも、朝鮮、韓国の人たちにかけた犠牲の大きさを振り返ることができた。近くに行かれる際はぜひ一度訪ねてみて下さい。