研究と運動をつなぐこと

5月9日の「映像アーカイブ――誰が何のために作るのか」に参加して、志ある活動を実践している方のお話を聞くのは有意義だと思った。中には研究者にとって耳の痛い話もあったけど、それを含めて貴重な機会だった。

amkyの安田和代さんは、配給元として映像表現の可能性を切り拓いている作品や女性映像作家の作品を多く集めているが、課題としては見る機会やチャンネルをどう増やすかが課題であると言われた。現在では研究者との接点がほとんどないこと、また理論と実践がつながっていない現状も指摘された。もっと大学の授業などで取り上げたり、大学や公立図書館、女性センターなどで買い上げるようになるといいんだろうなと思った。驚いたのは、作品を見せてもらったが、会話が英語でなされているのであとで聞いたら、国内で発表の機会が少ないので海外で放映することを考えて英語で発話されているということだった。イヤーどうして英語なのか、日本語でやればいいのではないか、と思って聞いていたのでその裏側を聞いてほんとにショックだった。

また、平和・協同ジャーナリスと基金の岩垂弘さんの発言で印象に残ったのは、「千円集めるなら土下座したいです」というようなご発言があったこと。個人の市民の自主的なカンパだけで13年間も平和・協同をテーマにしたジャーナリストや映像制作を励ます基金をやられている。行政や団体とは無縁に民間で活動することの大変さを痛感させられた。お金が豊かな人はカンパせず、お金がそう豊かでない人によって基金は成り立っているということもとても重いお話だった。はそれなのに今度は「日本社会運動資料センター」(仮称)を設立する運動をされているとのこと。「日本の戦後の歴史を作ってきたのは、政治家や行政ではなく、社会運動である。」その貴重な資料が運動にかかわってきた方がなくなると散逸してしまっている。それをなんとか後世に残したいということだ。こちらも研究者にもっと力を貸してほしいという趣旨で話された。お二人のお話は市民運動をやってきた私にはとても重い話だった。研究と運動との関わり、その間のを埋めることの難しさを、フェミニズム運動では感じてきたが、今回それが女性・フェミニズム運動だけの問題ではないのだということを感じた。

研究と運動をつなぐことがいかに重要かということを改めて考える機会となった。メディア研究でもそれがきわめて重要であるにもかかわらず、接点があまりなかったことに気づいたということかもしれない。これからも研究と運動をつなげる機会をつくるように努めたい。