「おくりびと」で思う「井戸を掘った人」の存在

本木雅弘さん主演の映画「おくりびと」がアカデミー賞ノミネートで沸いている。それは、1993年に富山の桂書房から世に出た『納棺夫日記』が元になったものと言われる。桂書房は、富山市の町はずれの民家を会社にしている小さな地方出版社だ。「出版の志を地域において苦労して実現している社」として、第24回梓会出版文化賞の特別賞を受賞している。その他にも受賞歴は数知れない。といっても知っている人は少ないだろう。

桂書房で出版された当時、著者が葬送の仕事を哲学にまでしておられることに感慨をもって読んだ記憶がある。初版本がきれいなまま見つかったので画像上げておきます。

青木さんは当時、富山のオークスという会社で「おくりびと」(納棺夫と名乗っておられた)をやっておられた由。桂書房の営業さんが「おくりびと」と桂書房のことについてブログで書かれていますのでご参照ください。

当時は葬式にかかわる仕事はちょっと話題にしづらいものがあったのに、それを勇気を持って出版されたのは桂書房代表の勝山敏一さんの心意気があったからだと思う。地方で手堅い書物の出版社をつづけるご苦労は並大抵ではないものと思われる。きっと勝山家の田んぼがだんだん減っていっているのではないかと想像している。

勝山さんの出版にかける思いはここに記されている。しみじみと心を打つ文章なのでご参照願いたい。

本当にそれを必要とするのは世界中でも二、三人なのではないか。その人に本は届けばいい。そうやって地域に根ざそうとしていればやがて多様な真実がくっきりと見えてくるだろう

おくりびと」がこれほど話題になるのは本木雅弘さんはじめ役者さん、富山出身の滝田洋二郎監督の存在はもちろんのことだが、その原作本の力も無視できないと思う。そしてそれを世に出した出版社のことにも思いを馳せておきたいと思う。青木さんの書かれたものは刊行後その価値が認められているし、文藝春秋など東京の出版社からも出ている。

しかし、青木さんが納棺夫をしておられた時にその文学性に価値を見出し世に出そうという決断を下したのが桂書房であったことを心に留めておきたい。あのときこのチャレンジングな本を出すという決断はとても勇気のいることだったろうと思うのだ。このほかにも桂書房はいくつも世に問う本を出している。『ホイッスルブローアー=内部告発者−我が心に恥じるものなし』、『村と戦争』などなど。わたしは「おくりびと」がこれだけ多くの人の心を揺さぶる今だからこそ、原作を見出し、世に問うことを決断した小さな出版社の大きな決断に思いを馳せたい。

現在、桂書房からは、『定本納棺夫日記』という形で再発行されている。

定本納棺夫日記

定本納棺夫日記

やはり、「井戸を掘った人の存在を忘れないでおきたい」と思う。

[追記]今、家に帰る途中、「おくりびと」がオスカー賞を受賞したことを知った。おめでとうございます。